聖テオドシオの祈りとホラーな雲(19.1.11金)

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相変わらず、沢山の顔が集まっていますが(笑)、左上を拡大してみますと、

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右寄りには赤ちゃんのような顔の雲があって、その周りにも取り囲むように沢山の顔のような雲。

上の左寄りには、目から血を流す男性の顔のような雲(妄想)。しかも、その目から外れたような眼球が、尾を引きながら左下に(≧▽≦)。ホラーですね(笑)。

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ピンクとオレンジの彩雲。

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撮った時は、何かいたはるなーとは思っていたのですが、何なのかは分からず仕舞いでした。

写真の向きを変えてみましたら、

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祈るように俯く少年?の胸に、更に祈るように俯く人、

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こちらを見る猫、周りには寄り添うような、人やドラゴンや龍。

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左側にも沢山の顔がありますね。

1月11日の写真なのですが、調べてみますと、聖テオドシオという、聖人の誕生日だそうです。聖人カレンダーによりますと、

テオドシオは、カパドキア(現在のトルコ中東部)のマリッソスに生まれ、信仰深い両親のもとで育った。エルサレムへ巡礼したときにロンギノという徳高い修道者と出会い、彼の指導を受けた。その後、エルサレム近くの教会の主任司祭となり、彼の評判は広まった。多くの人々が彼のもとに集まってきたため、テオドシオはユダの山にひきこもり、祈りと黙想の生活を始めた。彼を慕って多くの青年男女が集まり、ともに修道生活を始め、共同体は発展した。多くの国の修道士が集まったため、旅行者の宿舎、病院などを設立し、奉仕にあたった。493年に、テオドシオはパレスチナ地方の共住修道会全体の長に選ばれた。

当時、キリストの神性だけを主張する単性論の異説が広まり、東ローマ皇帝もこの異説を支持していた。テオドシオは正当信仰の擁護のために、各地を巡回して人々に説教したため、皇帝から国外追放された。皇帝の死後修道院に戻ったが、病に伏して亡くなり、彼が修行した洞窟に葬られた。

彼は、パレスチナの修道生活の祖といわれている。

上記のことから、精神的な共同体、精神疾患者、独り身のお年寄り、病院経営の守護聖人とされています。

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平安時代の装束を身に着けた人々?(妄想)。

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太陽にもアニメのような顔(≧▽≦)。太陽は強気な感じの表情で、左側の雲は、泣きそうな顔(妄想)。上の方にも沢山の顔のような雲。

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大きく捉えますと、太陽が人の横顔っぽく見えますが、

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細かく見てみますと、沢山の顔のような雲で構成されていますね(*´▽`*)。

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すべて、2019年1月11日、金曜日の写真です(*´▽`*)。

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